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東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)102号 判決

原告

ルーカス・インダストリース・リミテツド

〔旧商号 ジヨセフ・ルーカス(インダストリース)・リミテツド〕

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和49年(行ケ)第102号審決取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決について、上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和48年12月27日同庁昭和45年審判第8885号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文1、2項同旨の判決を求めた。

第2原告の請求の原因及び主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和41年4月20日特許庁に対し、名称を「蓄電池」―その後「蓄電池を作る方法及び機械」と訂正した―とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願したが、昭和45年6月26日拒絶査定を受けたので、同年10月20日審判を請求し、右事件は特許庁昭和45年審判第8885号事件として係属したところ、特許庁は昭和48年12月27日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は昭和49年2月5日原告に送達された。なお、出訴期間として3か月が附加された。

2  本願発明の要旨

(1)  区画を構成する一体の隔壁を持つ熱可塑性材料製の蓄電池箱の該区画に蓄電池極板及び隔板のパツクを配置し、隔壁を介して所要のセル間接続を行ない、箱の上端周縁及び隔壁の上端に加熱器を直接に接触させて箱の上端周縁及び隔壁の上端を軟化させ、箱の上端周縁に係合するようになつた周縁と隔壁の上端に係合するようになつたリブとを持つ熱可塑性材料製の蓋の該周縁及びリブに加熱器を直接に接触させて該周縁及びリブを軟化させ、蓋を箱に圧着することからなる蓄電池の製法(以下この発明を「本願第1発明」という。)。

(2)  熱可塑性材料で作つた蓄電池箱に熱可塑性材料製の蓋を溶着させる機械において、枠と、枠に対して可動であつてそれぞれ蓄電池箱及び蓋を受入れる第1及び第2のダイと、ダイにそれぞれ箱及び蓋を保持させる手段と、離れた位置及び蓋が正確に箱の上に配置される位置の間でダイを動かす手段と、枠上で不作動位置及び作動位置の間で可動である加熱器とからなり、該作動位置では蓋及び箱を加熱器に直接接触するように動かすことができるようにした機械(以下この発明を「本願第2発明」という。)。

3  審決理由の要旨

本願第1発明の要旨は、前項(1)のとおりである。

ところで、特許出願公告昭38―15719号公報(以下「第1引用例」という。)には、隔壁を一体に形成した熱可塑性材料よりなるモノブロツク電槽と、電槽と同一材料よりなる蓋とを対向させ、その接合個所(電槽の上端周縁と蓋の下端周縁及び電槽の隔壁上端と蓋のリブ下端)の間に電熱体を接合個所に直接接触しないように挿入保持し、接合個所を同時に加熱軟化させ、しかる後電熱体を除去し、電糟と蓋とを圧着固化して融合一体とする内部接続形の蓄電池の封口方法が記載され、また、特許出願公告昭39―29708号公報(以下「第2引用例」という。)には、合成樹脂管の接合に際し、雌管及び雄管となるべき各管端を加熱体となる金属治具の両端にそれぞれ嵌合し、金属治具を加熱することにより前記各管端を直接接触式をもつて加熱軟化せしめ、しかる後金属治具を抜取り、雌雄各管端を圧着接合して両管を融合一体とすることが記載されているものと認められる。

そこで、本願第1発明と第1引用例に記載のものとを比較すると、両者の間には、電槽と蓋との接合個所に介入される加熱体が、前者では接合個所と直接接触するのに対し、後者は接合個所と直接接触しない点でのみ相違するところがあるものと認められる。

よつて、この相違点について考察するに、第2引用例には、合成樹脂管の接合ではあるが、その各接合部が加熱体と直接接触の状態で同時に加熱軟化されることが示されており、これは合成樹脂成形物どうしの接合に当り、その各接合部分を加熱体と直接接触式によつて加熱軟化させるという技術思想が開示されているものと認められる。

してみれば、前記相違点は、熱可塑性材料どうしの接合にかかる第1引用例に記載のいわば間接加熱手段に代えて、同様な熱可塑性材料どうしの接合である直接接触式加熱の第2引用例に記載の手段を適用した程度のことであり、その適用に格別な発明力を要するものとは到底認めることができず、また、その適用に当つて解決すべき技術的な障害事由も見出し得ない。

したがつて、本願第1発明は、第1、第2の各引用例に記載の事項に基づいて容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本願は拒絶されるべきものである。

4  審決を取消すべき事由

(1)  審決は、本願第1発明と第2引用例との技術分野の相違を見落した。

本願第1発明は、蓄電池の蓋と箱との接合技術であるのに対し、第2引用例は合成樹脂管どうしの接合技術に関するものである。

前者の接合対象である蓄電池と後者の接合対象である合成樹脂管とは、それぞれ、本来の用途からくる構造及び形状、接合部に要求される条件、使用状況において著しく相違するため、両接合技術は顕著に相違し、その属する技術分野は明らかに相違するというべきである。しかるに審決は、単に両者が熱可塑性材料どうしの接合であるとして、蓄電池の接合に固有の技術的課題が存在することを看過している。

蓄電池は、その製造過程において電極板と隔離板とからなるパツク(極板群)が電槽の各区画内に隔壁を圧迫するような状態で挿入され、さらにこの挿入されたパツクの電極板に高温状態で化成が行なわれるために、箱の壁特に幅狭の隔壁は物理的な力及び熱のために彎曲され易い。しかも、箱内には硫酸等の液体が充填される。蓄電池の蓋と箱との接合にあつては、このような特殊な条件の下で機械的物理的に強固で化学的に安定な液密接合を実現する必要がある。特に蓄電池は、蓋と電槽の形状が比較的複雑である上に接合時蓋の周縁及びリブ、電槽の周縁及び隔壁上端などの接合すべき部分全体を観察できないという作業条件にもかかわらず、接合部のすべてにわたり強固な密封的接合を形成しなければならないという本質的な接合技術上の問題をかえている。

一方、第2引用例は2つの合成樹脂管の一方を他方に挿入して接続する合成樹脂どうしの接合技術に関するものであり、特に、雄管と雌管の嵌合部の溶融条件を均一ならしめて接触強度の大なる嵌合部を得るために、雄管と雌管の管端部を嵌合する凹部及び凸部を有する金属治具を使用し、金属治具を加熱することにより前記各管端の内面及び外面を直接接触式にて加熱軟化せしめ、しかる後に金属治具を抜取り雄管を雌管内に挿入して両管を内外側面にて接合するものであるが、接合すべき管の形状は通常中空の円管であつて接合の対象とされる合成樹脂成形物の中では極めて単純なものであり、形状が単純であるために接合作業中接合部を観察でき、必要ならば両管を適当に動かすなどして完全な接合を図ることもできるのである。

このように蓄電池の蓋と電槽との接合技術と合成樹脂管どうしの接合技術とは、蓄電池及び管の本来的用途からくる構造及び形状の相違、接合部に要求される条件(これは単に機械的強度だけでなく、使用される環境等との関連においても問題となる。)の相違等から必然的に顕著に相違し、蓄電池の蓋と電槽との溶接には管の接合では遭遇しない固有の技術的課題があり、この課題を解決すべく、種々の技術的手法が従来から開発され確方されている。本願第1発明も画期的なその1つである。このような顕著な相違から、蓄電池の開発製造に携わる技術者が管と管との接合技術を蓄電池の蓋と電槽との接合に適用すること自体想像し得ないことであるが、万一参考技術として適用する事態を想定したとしても何ら技術的障害なしに適用することは到底不可能である。審決が右に述べたような蓄電池における接合技術と管同志の接合技術との顕著な相違換言すれば技術分野の相違を看過し、第2引用例を単に合成樹脂成形物どうしの直接加熱接合を開示するものとして本願第1発明に適用したのは違法である。

(2)  審決は、本願発明の特許出願当時における技術水準を無視している。

本願発明の特許出願当時においては、蓄電池の蓋と箱との液密な接合を得るには直接接触加熱方式は好ましくないとの認識が蓄電池業界に携わる者(当業者)の技術的常識であり、その証左として本願発明の特許出願以前の接合技術は第1引用例も含めてすべて間接加熱方式であつた。しかし本願第1発明は、このような出願時における当業者の技術的常識に逆行して直接接触加熱方式を試みたところ予期せぬ良好な結果が得られたもので、審決は第2引用例を第1引用例へ適用するのに何ら困難性を認めていないのは、右に述べたような事実を看過しているためである。

(3)  審決は、本願第1発明の作用効果を看過している。

本願第1発明によれば、加熱器を蓄電池の箱の上端周縁及び隔壁の上端並びに蓋の周縁及びリブに直接接触させることにより箱と蓋の接合面を軟化せしめるが、その際、接合面は加熱器により圧着されるためにつば状に広がるとともに圧着していた加熱器が離れる際接合面が凹凸状に変形する。この凹凸状に変形し且つつば状に広がつた接合面どうしを圧着することにより箱と蓋との間に堅固なキー止め(喰い込み)が構成され、しかも広がつた接合面どうしの間に接合強度の大きい、換言すれば封じのよい耐振性の良好な密封接合が形成される。1例として、蓄電池の製造過程で生ずる箱の隔壁の変形により箱の隔壁の上端と蓋のリブとの位置ずれは接合時前記つば状の広がりにより補償され、箱と蓋とは確実に液密接合される。

第2引用例では、加熱軟化時に接合面がつぶれて接触面積が広くなるという効果は得られない。それは、金属加熱体治具の凹部及び凸部に合成樹脂管の接合部内面及び接合部外面を単に嵌合し接合面が適当な溶融状態に達したら素早く抜取る間特に何らの圧力も積極的に加えることはないからである。本願第1発明において接合時に積極的に加圧するのに対し、第2引用例においてはこのように接合面に垂直に積極的な圧着をしているとはいえない。強いて考えるならば、合成樹脂管の接合すべき面どうしの摩擦により生ずる力がある程度接合に貢献するとはいえるが、これとて本願第1発明における積極的加圧に比べればその効果は比較にならない。この点において審決が、第2引用例に記載のものにおいても直接接触式の加熱である以上接合部の封じ効果において本願第1発明の効果と差異は認められないとしたのは、右の圧着による効果を看過したものである。

(4)  審決は、本願第1発明における隔融貫通型セル間接続の技術的重要性を無視している。

審決は本願第1発明と第1引用例との相違を蓄電池の箱と蓋との接合が加熱体による直接加熱か間接加熱かの相違にのみあるとし、セル間接続方式の相違を看過している。第1引用例のセル間接続は接続杵5により箱の隔壁上端を飛越えて行なわれており、このようなセル間接続では箱と蓋とを直接加熱することは不可能である。一方、本願第1発明では隔壁貫通型セル間接続が採用されている。このセル間接続自体は本願出願前から公知の技術であるが、この隔壁貫通型セル間接工程を、蓄電池の箱の各区画内に蓄電池極板及び隔離板のパツクを配置する工程の後で、且つ箱の上端周縁及び隔壁の上端と蓋の周縁及びリブを加熱器で直接接触加熱する工程の前に実施することにより蓄電池の箱と蓋との迅速な接合したがつて量産化が可能になつたのである。このように隔壁貫通型セル間接続工程を他の工程と特定的に組合せることにより始めて本願第1発明が成立したのに対し、本願第1発明におけるセル間接続工程の重要性について審決は何の判断もしていない。また第1引用例及び第2引用例にさらにこのセル間接続をどのように組合せるかについては両引用例に示唆されていない。

(5)  審決は、本願第2発明に対する判断を示していない。

原告は、本願に対する拒絶査定において、本願第1発明及び第2発明が拒絶されたことに対し不服の審判請求をしたところ、審決は第2発明については何ら判断を示しておらず、判断遺漏の違法がある。

併合出願の発明のいづれかに拒絶理由があるときは他の発明に特許性があつても出願全体を拒絶するという取扱いは何ら明文の根拠がなく単に実務上の理由によるものとしか考えられない。このような実務上の理由により出願人の権利が奪われるのは許されるべきではない。

第3被告の答弁及び主張

1  原告の請求の原因及び主張の1ないし3を認め、4を争う。

2  原告は、本願第1発明と第2引用例とは接合対象が異るので、それぞれの用途からくる構造及び形状、接合部に要求される条件、使用状況において著るしく相違するため両接合技術は顕著に相違し、その属する技術分野は明らかに相違する旨、さらに蓄電池の接合に固有の技術的課題が存在する旨主張している。

この主張における「その属する技術分野」が、合成樹脂どうしの接合技術を利用する利用技術分野が本願第1発明にあつては蓄電池の技術分野であり、第2引用例のものにあつては合成樹脂管の技術分野であるということを意味しているのであれば、それぞれの利用技術分野が相違することについては異論はない。

しかしながら、利用技術分野が相違するとしても蓄電池の接合に固有の技術的課題が存在するとの主張は認められない。

すなわち、第2引用例に示された合成樹脂管どうしの接合技術が合成樹脂部材どうしの接合技術の1形態であることは明らかであり、第2引用例に示された技術を理解するに当つて、その専門技術分野が合成樹脂管であるか、蓄電池であるか、あるいはその他の技術分野であるかを問わず、わが国の通常の知識を有する技術者が、この技術を単に合成樹脂管の接合技術としてのみにとらえず、合成樹脂部材どうしの接合技術として「接合すべき2つの合成樹脂部材の接合個所に加熱体を直接接触させて合成樹脂部材の接合個所を溶融軟化させた後、加熱体を該個所から離し、その後溶融した個所どうしを圧着し接合する接合法」のようにとらえることは極めて当然なことであり、本願第1発明と第2引用例の接続方法を熱可塑性部材どうしの接合方法としててらえた審決に誤りはない。

さらに、原告は、蓄電池に固有の技術的課題が存在すると主張しているが、接合部に振動が加えられる、広範囲の温度が与えられる、希硫酸等に接するなどの周囲条件は蓄電池に限つたことではなく、合成樹脂管であつても使用の状態によつてはより以上に過酷な周囲条件となることもあり、このようなことは蓄電池の接合に固有の技術的課題であるとは認められない。そして、本願第1発明が、直接接触加熱方式を採用するに当つて、原告の主張するような蓄電池に固有の技術的課題を解決するために、第2引用例に示示されるごとき直接接触加熱方式にさらに具体的な技術上の格別の創意工夫を加えたものと認めるに足る根拠は示されていないので、原告のこの主張は当を失したものであり、審決の判断に誤りはない。

3  原告は、本願発明の特許出願当時においては、蓄電池の蓋と箱との液密な接合を得るには直接接触加熱方式は好ましくないとの認識が蓄電池業界に携わる者(当業者)の技術的常識であり、本願第1発明はこのような出願時における当業者の技術常識に逆行して直接接触加熱を試みたところ予期せぬ良好な結果が得られた旨、及び第2引用例を第1引用例へ適用するのに困難性があるごとく主張しているがこの主張は失当である。

本願明細書中には、直接接触加熱方式を採用するに当つて解決しなければならない具体的技術課題は何も示されていない。原告は、出願当時の技術常識に逆行すること自体が困難性を有するごとく主張しているが、これを首肯させるに足る根拠は何も示されていないし、本願第1発明は、第2引用例に示された技術について格別の付加手段ないしは改変を行なうことなく、単に蓄電池の接合に適用しているものであつて、これを困難であるということは理解できない。

してみれば、第1引用例に示された蓄電池の電槽と蓋の接合技術における間接加熱方式に換えて直接接触加熱方式を採用するに当つて、具体的な困難が存在するものとは認められないので、審決の判断に誤りはなく、原告の主張は失当である。

4  原告は、本願第1発明によれば、箱と蓋の接合面は加熱器により圧着されるためにつば状に広がるとともに圧着していた加熱器が離れる際接合面が凹凸状に変形することによつて封じのよい耐振性の良好な密封接合が形成される旨主張している。しかしながらこの主張も当を失している。

すなわち、本願明細書の特許請求の範囲1には「接合面が加熱器により圧着される」ことは示されておらず、たとい接合面が加熱器に圧着されることを意味していると解釈しても、加熱器を圧着する圧力の大小によつて、接合面がつば状に広がるものとは必ずしもいえず、しかも、本願明細書中には接合面が圧着により広がること、及び接合面につば状の広がりを得るために必要な圧着の条件については何も示されていないので、本願第1発明にあつては、接合面につば状の広がりを生ずるとする原告主張は誤つている。さらに、圧着していた加熱器が離れる際接合面が凹凸状に変化することは第2引用例の方法にあつても必然的に生じるものであつて、このような凹凸状に変形した合成樹脂管を接合すれば当然に堅固なキー止めが構成されるものであつて、本願第1発明により始めてもたらされる作用効果ではない。

したがつて、作用効果に関する原告の主張は誤つており、審決に誤りはない。

5  原告は、セル間接続方式の相違が重要である旨主張しているが、この主張も当を失したものでだる。

すなわち、隔壁貫通形のセル間接続方式は乙第1から第4の各号証に示されるごとく本願出願時すでに慣用されているところであり、第1引用例に記載の蓄電池にあつてセル間接続形態を本願第1発明のように隔壁貫通形のものとすることはたやすいところであり、その適用に格別な創意工夫を要することは認め難い。たとい第1引用例のものに直ちに直接接触加熱方式を採用することが困難であつたとしてもセル間接続方式を隔壁貫通形のものに置換えることに格別の困難を伴うものとは認められない。

また、原告の主張になる直接接触加熱方式と隔壁貫通形のセル間接続方式を組み合わせたことによる効果はいずれも、それぞれの方式によつて得られる作用効果を単に寄せ集めたものにすぎず、2つの方式を組合せたことによつて新たな効果を生ずるものでもない。

してみると、原告のこの主張も失当であつて、審決の判断に誤りはない。

6  原告は、審決は本願第2発明に対する判断を示していないから違法である旨主張するが、特許法第38条ただし書きは、1発明1出願の原則の例外として、互いに一定の密接な関係を有する複数発明を1つの願書で特許出願をすることができることを規定しており、一方、同法第49条は、「審査官は、特許出願が次の各号の1に該当するときは、その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない」と規定し、特許請求の範囲に記載の発明を拒絶査定するとは規定していないから、同法第38条ただし書きの規定による特許出願において、特許請求の範囲に記載された複数の発明のうちの1つにでも特許要件を備えていない発明があつた場合には、他の発明が特許性を有するものであつたとしても、特許要件を備えない発明と共に一つの願書で特許出願をしているものである以上、その出願が拒絶の査定を受けることとなるのは同法第49条の規定から当然に導き出されるものである。

第4証拠

原告訴訟代理人は、甲第1ないし第6号証、第7号証の1、2、第8号証の1ないし22、第9号証、第10号証の1ないし16を提出し、乙号各証の成立を認めると述べ、被告指定代理人は、乙第1ないし第4号証を提出し、甲号各証の成立(甲第7号証の1、2については原本の存在及び成立)を認めると述べた。

理由

1  原告の請求の原因及び主張の1ないし3は、当事者間に争いがない。

そこで、審決にこれを取消すべき違法の点が存するかどうかについて考える。

2(1)  原告は、本願第1発明の接合対象である蓄電池涼第2引用例の接合対象である合成樹脂管とは、それぞれ、本来の用途からくる構造及び形状、接合部に要求される条件、使用状況において著しく相違するため、両接合技術は顕著に相違し、その属する技術分野は明らかに異なるにもかかわらず、審決は第2引用例を単に本願第1発明に適用したものであるから違法である旨主張する。

しかしながら、合成樹脂管どうしの接合技術も合成樹脂部材どうしの接合技術の1形態であることは変りはなく、本願第1発明は、蓄電池の蓋と箱との接合に際し、第1引用例(成立について争いのない甲第5号証)に記載の間接加熱方式に代えて、第2引用例(成立について争いのない甲第6号証)に記載の直接接触加熱方式を適用した程度のものであるとしかみられず、蓄電池と第2引用例における合成樹脂管とが構造、形状及び使用状況において異なるからといつて、本願第1発明と第2引用例における接合技術がその技術分野を異にするものということはできず、また、本願第1発明は蓄電池の蓋と箱との接合ということから生ずる特有の技術的障害を解決するために、合成樹脂管どうしの接合とは異なつた特定の構成をとつているものとは認められないから、原告ど主張は結局において理由がない。

(2)  原告は、本願発明の特許出願当事においては、蓄電池の蓋と箱との液密な接合を得るには直接接触加熱方式は好ましくないとの認識が当業界において一般的であつたのに、審決は、第2引用例における直接接触加熱方式を第1引用例へ適用するのに何らの困難性を認めておらず、本願発明の特許出願当時における技術水準を無視している旨主張する。

しかしながら、仮に本願発明の特許出願当時において、蓄電池の蓋と箱との液密な接合を得るには直接接触加熱方式は好ましくないとの認識が当業界において一般的であつたとしても、本願発明はその直接接触加熱方式を採用するに当つて生ずる具体的な技術的困難性を克服するために格別な手段を採つたものではなく、単に第1引用例に記載の間接加熱方式に代えて第2引用例に記載の直接接触加熱方式を適用した程度のものとしか認められないから、審決が本願発明の特許出願当時の技術水準を無視したとする原告の非難は当らない。

(3)  原告は、審決は本願第1発明の作用効果を看過しているとし、本願第1発明では加熱器を蓄電池の箱の上端周縁及び隔壁の上端並びに蓋の周縁及びリブに直接接触させて加熱し、その際接合面は加熱器により圧着されるためにつば状に広がるとともに加熱器が離れる際接合面が凹凸状に変形し、そのため良好な密封接合が形成されるのに対し、第2引用例では本願第1発明のような加熱器による圧着をしていないから、接合効果において本願第1発明に劣る旨主張する。

しかしながら、本願発明の明細書中には加熱器により接合面を圧着する旨の記載はなく、単に加熱器を接合面に接触させて接合面を「軟化させ、蓋を箱に圧着する」(特許請求範囲1の項)とあるのみであり、仮に接合面に加熱器を直接接触させることにより、加熱器が接合面をある程度圧着するようなことがあるとしても、本願明細書中には接合面がその圧着によりつば状に広がること及び接合面につば状の広がりを得るために必要な圧着の条件については何も示されていないので、加熱器による圧着によつて接合面につば状の応がりを生ずることが、本願第1発明によつて必然的にもたらされる効果であると認めることはできない。

なお、本願第1発明においては、前記のとおり、加熱器を接合面に接触させて軟化させた後「蓋を箱に圧着」させるものであると認められるが、右「圧着」は加熱器により蓋と箱とが離れた状態で接合面が軟化されるものであるから、蓋と箱とを圧着させなければ接合できないものであるから、その圧着は当然のことを規定したものであつて、これをもつて第2引用例の接合の効果より優れた効果が得られるものとすることができないことはいうまでもない。

(4)  原告は、審決は本願第1発明と第1引用例との相違を蓄電池の箱と蓋との接合が加熱体による直接加熱か間接加熱かの相違にのみあるとし、セル間接方式の相違を看過していると主張する。

しかしながら、本願第1発明におけるようなセル間接続方式が本願出願前から公知の技術であることは原告自身これを認めるところであり、この接続方式を極板及び隔離板のパツクを箱の区画内に配置する工程と箱及び蓋を直接接触加熱する工程の間に実施することは何らの発明力を要しない当然のことであるから、原告の審決が本願第1発明と第1引用例とのセル間接続方式の相違を無視したとの主張は理由がない。

(5)  原告は、審決が本願第2発明に対する判断を示していないのは違法であると主張する。

しかし、本願発明はその数を2であるが、特許出願としては1であり(特許法第38条ただし書)、特許法第49条本文は、「審査官は、特許出願が次の各号の1に該当するときは、その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」としており、右条文はその特許出願に係る発明中1つでも拒絶すべき理由があるときは、拒絶査定すべきことを規定しているものとみるべきであつて、その拒絶査定に対する審判においても、出願に係る発明中1つでも特許すべからざる事理があるときは、その旨を判断し、他の発明に対する判断を省略し得るものと解すべきである。したがつて、審決が本願第2発明について明示的に判断していなくても違法ではない。

3  右のとおりであり、審決にはこれを取消すべき違法の点はないから、その取消を求める原告の請求を棄却し、訴訟費用は敗訴の当事者である原告の負担とし、この判決に対する上告のための附加期間を90日と定めるのを相当と認めて、主文のとおり判決する。

(高林克巳 楠賢二 杉山伸顕)

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